金曜ナイトドラマ13歳のハローワーク第五話

金曜ナイトドラマ13歳のハローワーク」。第五話。
今回、主人公の小暮鉄平(松岡昌宏)が二十二年前の世界へ飛んで、そこで目撃した仕事は、ロックバンドを組んで音楽で生活してゆこうとしているミュージシャンと、バンドを売り出そうとしているプロデューサーと、バンドの出演するライヴやテレヴィ番組の会場を設営したり撤去したりしている裏方の人々。
当時はホコ天(原宿歩行者天国)とイカ天テレヴィ番組「いかすバンド天国」)を二つの牙城とする「バンドブーム」が空前の盛り上がりを見せていた。そうした中でブームに便乗して急にバンドを組んだりパンクロック風を気取ったりした女子アイドル等もいた反面、既存の商業ミュージシャンの間からはブームに対する軽蔑の言が発せられることも多かったし、また、ブームに乗じて商業化を受け容れたバンドが見舞われることになるはずの悲劇を予告する評者もあった。
芸術を生み出し育成する環境として、宮廷社会と資本主義社会の何れが望ましいかは単純には比較できないが、芸術家への介入の度合では後者の方が酷いだろう。なぜなら採算性を度外視できないからだ。そうであれば表現の最前線に立つよりも後方支援に徹する道は芸術と幸福に接し続けることのできる賢明な選択肢であるのかもしれない。彼等の地味な仕事なくしては主役であるバンドの華々しさもない。また、プロデューサーによるバンドへの介入、改変の中には、資本主義的に見ても見当違いでしかない出鱈目もあるだろうが、適切な改善もあり得る。それは表現を平板にする場合もあるだろうが、表現を充実させる場合もあり得る。小暮鉄平が裏方の作業員集団やプロデューサーをも含めて関係者の皆をミュージシャンとして捉えたのは、世に流通する音楽というものの実態を正確に表現した言であると云える。
小暮鉄平の助言によってそのことに気付かされた十三歳の麻生剛志(桑代貴明)が、二十二年後に女子アイドル集団のプロデューサーとして活躍するようになっているのは、ミュージシャン志望の少年の将来として実に幸福であるに相違ない。そしてイカ天で注目を浴びてメジャーデビューの一歩前まで達したことのある彼の兄のコウスケ(木村了)が、ブーム終了後、実家の八百屋を継いで持ち前の上昇志向で大いに繁盛させつつ、アマチュアバンドのヴォーカリストとして余暇に音楽を楽しみ得ているのは、余暇の趣味だからこそ、他人の押し付けてくる市場原理に毒されることなく、己の本来の音楽に徹することができるという意味で真に幸福であるに相違ない。
他方、今回の事件からは何も学ぼうとはしなかったのが、二十二年前の世界の本来の小暮鉄平である十三歳の無邪気なテッペイ(田中偉登)。麻生剛志と一緒にバンドを組んで、そのドラマーを引き受けた彼は、テレヴィの音楽番組でコウスケのバンドがドラマー不在の危機に陥ったとき三十五歳の「おじさん」小暮鉄平が偶々あった和太鼓を叩いて何とか場を盛り上げて見事に危機を切り抜けたのを見て、ドラマーとしての訓練を今後も続けてドラムの腕をもっと向上させておこうと決意したのだ。もっとも、そんな彼の決意の甲斐あって今回の小暮鉄平の見事な活躍も可能になったわけであるから、テッペイが何も学ばなかったのは正しかったのだ。
テッペイを見詰めるテッペイの親友、三上純一中川大志)の、今回の出番は三回。何れも予備校の教室内で。
先ずは麻生剛志の兄のバンドが深夜のテレヴィ番組「いかすバンド天国」に出場したことについて皆で盛り上がっていた場面。コウスケのバンドはその週の最優秀バンドに選ばれ、前週から勝ち残っているイカ天キングに挑戦したが、審査員中で最も厳しかった吉田健の票を獲得できず敗北してイカ天キングにはなれなかったらしい。皆の発言からはそのことが判る。三上純一は「でも惜しかったよな。あと一歩でイカ天キングだったのに」と発言した。
学ランを着ていることの多い彼がこの日は私服を着ていたのは、日曜日であることを物語るだろうか。そうであれば、この場面が「いかすバンド天国」放送の翌日の出来事であると判明する。
他人の華々しい活躍に直ぐ感化されるのはテッペイの基本。もちろん今回も彼はミュージシャンになりたい!と云い出した。実際にバンドを組んで学校の文化祭で披露した経験のある小暮鉄平は、テッペイがバンドに夢中になることの不可避性を知りつつも、決してのめり込んではならないと教え諭したが、その論拠の一つとして、どうせバンドブームなんか間もなく終焉してしまうのだ!ということを指摘したことで教室内の少年少女の間に反発を生じた。今後ますます盛り上がろうとしているバンドブームが、間もなく終わってしまうなんてあり得ない!成功者への嫉妬ではないのか?等と。
このとき三上純一も、小暮鉄平が毎回のように流行や好景気の終焉を予言することについて、「いつも悲観的なんだよな」と述べていた。
二度目の出番は、麻生剛志の兄のバンドがメジャーデビューを控えて一般向の音楽番組に進出することが決まり、皆で盛り上がっていた場面。三上純一は「じゃあ、とうとう剛志の兄ちゃんも芸能人か」と発言した。このときの彼は学ラン姿。
そして、テッペイが麻生剛志と一緒に、自分たちのバンドも頑張ろう!と気勢を上げたとき、三上純一はその様子を見詰めながら「頑張れよ」と呟いて、視線をどこかへ転じて遠くを見詰めるような目をしていた。テッペイのバンドの将来の活躍を想像して一人で楽しんだのだろうか。
三度目の出番は、麻生剛志の兄のバンドが出演した音楽番組に肝心の兄の姿が見えなかったことをめぐり、予備校の教室内で一部の生徒たちが麻生剛志の陰口を叩いていた場面。三上純一はそんな話に加わることなく、休憩時間を無駄にすることなく一人で黙々と真面目に勉強していたが、麻生剛志本人が教室へ入ってきて皆が沈黙して注目したときには流石に顔を上げて、皆と同じように彼の言動に注目した。
からかわれた麻生剛志が悔しさを乗り越え、「テレヴィに出ようが出まいが、ウチの兄ちゃんはミュージシャンだ」と宣言したときには、驚いたような顔をしていた。
なお、このときの三上純一は再び私服。赤い服を着ていた。
面白かった場面を一つ挙げれば、テッペイ等の通っている予備校の経営者であり、麻生剛志の兄の卒業した音楽専門学校の経営者でもある東唄子(風吹ジュン)が小暮鉄平に強いる無理難題に対して、小暮鉄平が「ゼニゲババア」と非難し、東唄子が「ゼニゲババア?」と聞き返して不満を表したとき、秘書の酒井敏之(光石研)が「どっちかにしろ!」と怒って東唄子が「どっちもアカン!」と反発したところ。