汚れた舌

涼野杏梨(牧瀬里穂)の大暴走が止まらない。夜の涼野邸の、灯も点けない闇の中、大広間に置かれた自慢の大ピアノの下、座り込んだ杏梨は一心不乱に山盛りの苺を貪り食っていた。帰宅した「みっちゃん」=涼野光哉(田中圭)がその現場を発見した。「わたしが苺ばっかり食べてると、みんなが不思議がるでしょお?だ・か・ら、こっそり食べてたの」。もちろん光哉は手伝い始めた。「ありがとう。苺、見たくないから食べちゃうの。みっちゃんが食べてくれると直ぐなくなって嬉しい」。ここで光哉が再び自然な疑問を発した。「どうして見たくないの?苺。何か嫌なことあった?」。この問いに対する杏梨の応えが物語るのは、杏梨が既に一連の騒動の過半を冷静に把握しつつあることだ。だが、真に衝撃的なのは、杏梨の貪り食う苺の山を購入したのが杏梨自身だったという真相だ。宿敵の義母の涼野弘子(森口瑤子)が準備していたわけではなかったのか。食料品店に買物に行き苺を見付けるや「見たくないから」毎日それらを大量に買い、一人で密かに消費していたというのか。
杏梨の苺への憎しみは夫の涼野耕平(加藤浩次)に対する異常な独占欲の表出に他ならなかった。邸内の階段に無数の苺を敷き詰めて貪り食っていたとき杏梨は、まさにその時刻、耕平が弘子の陰謀により浮気の只中にいる気配を感じた上で、何とか耐えようとしていたのだ。
光哉=「みっちゃん」の人物像が少し明らかになりつつある。彼は思いのほか裏のない男子だったらしい。母の弘子が評したように確かに彼は誰に対しても「よい子」として振る舞おうとしているが、その言動には殆ど本心に発したものだったらしい。彼が杏梨に対して優しく接しているとき彼は本当に杏梨を心配しているが、弘子に対して優しく接しているときにも彼は弘子のことを本当に心配している。彼は義理の兄の妻である杏梨に愛を抱き、杏梨を苛める母の弘子には少々憤り呆れてもいるが、それでもなお、杏梨への優しさが本心からのものであるように、弘子への優しさも本心からのものなのだ。
他方、江田千夏(飯島直子)と白川隆一郎(藤竜也)との密会の現場に静かに出現した江田典子(松原智恵子)。典子は千夏のこれまでの嘘について白川の前で詰問し続けたあと、両名の関係について追求した。「娘の体に、いくらお手当て出してたんですか?」「お父さんの敵に、裸で身を投げ出して!五百万で買っていただいたんですか?」。帰宅後も典子の怒りと悔しさと悲しみは収まらない。嘘ばかり吐いていた娘の「舌」への失望を「舌切り雀」の童謡に託して歌いながら、典子は恐ろしい決意を宣告した。「千夏、もしも、また白川と会ってたら、お母さん、自分の舌切って死ぬ」。
金沢で店を構えようとしていた朝比奈ゆか(網浜直子)が東京の千夏を訪ねて、結婚するので店を閉めると挨拶に来た。相手は「美術史の学者」で、結婚後は伊太利亜の「花の都」フィレンツェに移住するというから伊太利亜ルネサンス美術の研究者だろうか。こうして飯島・網浜のダブル直子は終了か。ゆかに裏切られて落ち込んでいる「負け犬」千夏をさらに追い込んだのは典子の「いかがわしい中年男の愛人になるのが関の山」という言葉だった。
涼野弘子の「サプラーイズ!」は、耕平の真剣な仕事の現場に千夏を招くことにあり、驚くのは耕平であるはずだった。確かに彼も驚いたろう。だが、その仕事の現場が白川の現場でもあることを視聴者は知っている。白川と耕平の協働の現場に千夏が現れ、しかも近くに白川がいることにも気付かないまま千夏が耕平に抱き付いて、存分に甘えてしまうことが、一体どのような結果を招くのか、当然ながら予想できた。しかるに登場人物たちの誰一人、その結果を予想できたはずがない。この「サプラーイズ!」集会を謀った弘子自身でさえ、事態の真の意味を現時点では理解していない。白川の姿を見て千夏は驚くだろうが、白川も千夏を見て驚くだろうし、両名の驚きを見れば耕平も弘子も驚くだろう。弘子の思惑を遥か超越した「サプラーイズ!」が出来しようとしているに違いない。