ハチワンダイバー第一話

今宵からの新番組。
フジテレビ系。土曜ドラマハチワンダイバー」。
原作:柴田ヨクサルハチワンダイバー」(集英社ヤングジャンプコミックス刊)。脚本:古家和尚。音楽:澤野弘之。将棋監修:鈴木大介八段。協力:社団法人日本将棋連盟。プロデュース:東康之。制作:フジテレビドラマ制作センター。演出:水田成英。第一話。
フジテレビ系の土曜日のこの時間帯のドラマを見たこと自体が初めてのことだったのだが、なかなか面白かった。主人公の菅田健太郎(溝端淳平)の、負けそうになって焦って汗を瀧のように流しながら真赤になった顔とか、負けて泣いていた顔とか、実によかった。少年時代に将棋を教えてくれた恩師の鈴木歩人八段(小日向文世)から将棋を諦めるよう云われ、与えられた大切な新進棋士奨励会の「退会駒」を、生活と再起のため、泣く泣く質屋に入れるときの情けない姿も実によかった。
彼は奨励会を退会したあと「真剣師」となって素人衆相手の賭け将棋で生活の資を得ていて、その間は一度も負けたことがなかった。奨励会で本格的に修業していたから強さの水準が違うのだ。そのことは彼の誇りであり、自信の根拠であり、それによって彼は辛うじて自尊心を維持できていた。しかしギリギリ成り立ち得る誇りでしかなかった。なぜならそもそも彼は素人相手の賭け将棋なんかをやるような程度の人間ではないという自信をこそ持っていたはずだからだ。負け知らずであることを誇る前に、先ずは素人相手に勝つことを誇ること自体を、内心では情けなく思ってもいたのだ。だからこそ彼は、アキバの受け師ことメイドの中静そよ(仲里依紗)に完敗したことで、いよいよ全てを喪失した気にならざるを得なかった。
だが、この敗北感には前段階があった。そもそも彼が二十年前、幼くして奨励会に入ることを許され得たのは、幼少期に将棋の天才、神童として活躍し、世の注目を浴びたからだった。将来を期待された子どもだった。しかし彼は成長するに連れて次第に伸び悩んだ。素人の大人を相手にして負け知らずだった小学生は、奨励会でも小学生相手に健闘したが、やがて中学生や高校生になっても小学生相手に戦わなければならない水準に停滞し、ついには子ども相手にも勝てない大人と化した。凄まじい挫折だ。往年の天才少年にとっては余りにも痛い敗北だったろう。彼にとってのこの二十年間は挫折と敗北の歳月だった。
まさかの敗北から立ち直るべく将棋の勉強をやり直そうにも、目当ての参考文献が一体どこにあるのか、見付け出すこともできない程に種々雑多な図書が山積みになっていた散らかり放題の彼の居室内。整理整頓も掃除も何もできていない居室の様子は、救いようもなく大きな挫折感に起因する彼の精神の荒れようを物語る。(少し前までの吾が居室と似ていた。私的には、大きな挫折感、敗北感を抱えて生きていた又は生きている者にとっては感情移入せざるを得なくなるドラマであると思った。だから面白く見ることができたとも云える。でも、それは私的な事情に過ぎない。)
菅田健太郎が、これまでの自らの「浅い」将棋から脱却し、九々八十一升の将棋盤に深く潜ろうとするとき、テレヴィドラマとしての映像表現では彼が水中に深く潜るの図が採られた。そのときの彼が、何となく全裸みたいに見えた(旅行先のホテルで見たので確認できない。家で録画を予約しておいたので帰宅後に録画を見直したい)。この深夜ドラマには深夜ならではの所謂「御色気要員」として中静そよ役の仲里依紗の所謂「巨乳」が用意されていて注目を集めてもいるが、実は菅田健太郎役の溝端淳平の美しい御尻も密かな御色気要員だったのかもしれない。